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東京地方裁判所 平成8年(ワ)4272号 判決

原告

A

被告

東京合同自動車株式会社

右代表者代表取締役

早川弘正

右訴訟代理人弁護士

齋藤勘造

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告の原告に対する平成八年二月二一日付けの解雇が無効であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、金三〇八一万三〇六九円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告はタクシー会社であり、原告はその乗務員として被告に雇用されていた。

2(一)  被告は、平成六年秋ころ、原告の妻に対し、電話で繰り返し何ら精神病にり患していない原告を精神病院へ連れて行くように申し向けた。そのため、原告の妻は、平成六年一一月一二日、猿島厚生病院の飯塚医師らと打ち合わせて原告を同病院に入院させて監禁した。原告は、同年一二月二〇日、猿島厚生病院を退院したが、同病院の処置により、手の震え等の後遺症が残った。その後原告は、同年一二月二一日に東京大学医学部附属病院(以下、東大附属病院という)で診察を受け、後遺症の治療のため同年一二月二二日に小柳病院で診察を受けて平成七年二月二八日まで入院した。

(二)  原告は、平成七年三月二一日ころから被告での勤務を再開したが、勤務再開に際して「誓約書」を要求され、これへの署名を強要された。

(三)  被告は、原告が勤務を再開してから、平成八年二月二〇日までの間、原告に対していやがらせや勤務の妨害を行った。

3  被告は、平成七年三月、違法に給与規制の改定を行った。

4  被告は、平成八年二月二一日、原告に対し、原告が精神病にり患していること等を理由として解雇の意思表示をした。しかしながら、右解雇は、理由のないものであり無効である。

5(一)  被告が原告の妻に対して原告を精神病院へ連れて行くように申し向け、これにより原告が猿島厚生病院へ監禁されたこと、原告が右病院へ監禁されてから(平成六年一一月一二日)被告に解雇される前日(平成八年二月二〇日)までの間に、被告が原告に対していやがらせと勤務の妨害を行ったこと、被告が原告を解雇した理由として精神病にり患していると事実に反した理由を挙げたことは、いずれも不法行為にあたる。原告は、被告の右行為により、〈1〉平成六年一一月一二日から平成七年三月までの間、被告における勤務ができなかったために給与相当額一一四万二二〇三円、〈2〉医療費相当額一六万八〇三九円(猿島厚生病院分六万七九一九円、東大附属病院分五三〇円、小柳病院分八万八二八〇円、日赤病院分一万一三一〇円)、〈3〉名誉毀損による慰謝料及び猿島厚生病院の処置により後遺症が生じたことによる治療費見込費用相当額の合計二九三〇万七七二〇円、以上の各損害(合計三〇六一万七九六二円)を被った。

(二)  被告が違法に給与規則の改定を行ったことによる不法行為のため、原告は、一九万五一〇七円(新旧給与規則での計算による差額)の損害を被った。

(三)  右損害額の合計は、三〇八一万三〇六九円である。

よって、原告は、被告に対し、平成八年二月二一日付けの解雇が無効であることの確認及び前記不法行為に基づく損害賠償金三〇八一万三〇六九円の支払をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)のうち、原告が平成六年一一月一二日から同年一二月二〇日まで猿島厚生病院へ入院したこと、同年一二月二一日に東大附属病院で受診したこと、同年一二月二二日から平成七年二月二八日まで小柳病院へ入院したことは認め、その余の事実は否認する。

(二)  同2(二)のうち、原告が平成七年三月二一日から勤務を再開したこと、勤務再開にあたって誓約書を提出したことは認め、その余は争う。

(三)  同2(三)の事実は否認する。

3  同3のうち、被告が給与規則を改定したことは認めるが、その余は争う。給与規則の改定に何ら違法な点はない。

4  同4のうち、被告が平成八年二月二一日、原告に対し、原告が精神病にり患していること等を理由として解雇の意思表示をしたことは認め、その余は争う。

5  同5は争う。

三  抗弁

被告は、平成八年二月二一日、原告に解雇予告手当を支給して解雇した。解雇理由は、原告が就業規則二八条三号の「精神に障害があるため業務に堪えないと認めたとき」に該当するためである。原告は、平成六年一一月一二日から同年一二月二〇日までと同年一二月二二日から平成七年二月二八日まで躁状態等により入院し、同年三月二一日から職務に復帰したが、被告の社長や管理職に対し、署名を阿修羅として被告を中傷する文書を送付し、同年一一月二九日の月例明番会では乗務員からの質問に塚本部長が回答したことに対して「俺が若かったら半殺しにしてやる」等の暴言をはき、同年一二月二八日の明番会では運賃認可の条件となっている身障者の割引運賃制度に対して頑強に反対して罵詈雑言を述べ、平成八年二月八日には原告の過失による事故について相手方の一方的過失によるものだと主張し、被告からの指導に対して「ブタか犬を相手にしているようでらちがあかない」と述べる等した。原告のこれらの一連の行為は、平成六年一一月の入院前の状況と同じであり、原告が就業規則二八条三号に該当する状態にあったことは明らかである。

四  抗弁に対する認否

抗弁のうち、被告が原告を解雇する旨の意思表示をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。解雇予告手当については供託しており、原告の入院は何ら精神病にり患していないのにもかかわらず請求原因記載の被告の行為により監禁されたものであり、平成七年一一月二九日及び一二月二八日に原告が罵詈雑言等を述べたことはなく、平成八年二月八日の事故は相手方の過失によるものであり原告には責任がない。したがって、右解雇は、何ら理由のない無効なものである。

第三証拠(略)

理由

一  解雇無効確認の請求について判断する。

1  請求原因1(原告が被告に雇用されていたこと)及び同4のうち被告が原告を平成八年二月二一日に解雇する旨の意思表示をしたこと(以下、本件解雇という)は、当事者間に争いがなく、抗弁のうち解雇予告手当の支払がなされたこと(但し原告は受領した金員を供託している)は(書証略)により認められる。

2  本件解雇に至る経緯については、証拠(略)によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、平成六年一一月一二日、猿島厚生病院で飯塚医師の診察を受けたが、精神運動興奮状態及び躁状態との病状であり、不穏興奮状態が続いていたため、無断離院や衝動行為のおそれが強く、医療保護入院の手続がなされた(なお、原告は、何ら精神病にり患していないのにもかかわらず、飯塚医師により、監禁されたものであると主張するが、(書証略)により右主張は採用できない)。

(二)  飯塚医師は、原告の妻から、原告を小柳病院へ転院させるために猿島厚生病院を退院させたいとの要望があったため、退院を許可した。原告は、平成六年一二月二〇日に猿島厚生病院を退院し、同年一二月二一日に東大附属病院で宮内医師の診察を受けたが、妄想性状態にあり、同年一二月二二日には小柳病院で中島医師の診察をうけたが、躁状態の病状であり、平成七年二月二八日まで任意入院した(なお、原告は、小柳病院に入院したのは精神病の治療のためではなく、猿島厚生病院の処置による後遺症の治療のためである等主張するが、(書証略)より右主張は採用できない)。原告は、退院後、同年四月一一日まで小柳病院での通院治療を受けていた。

(三)  原告は、平成六年一一月一二日の入院後、被告での勤務を行っていなかったところ、躁状態の病状について、平成七年二月二八日の段階で、就労可能な程度まで軽快したとの診断を受けた。被告は、原告からの申し出により、平成七年三月二一日から原告のタクシー乗務を許可した。

(四)  原告は、被告での勤務を再開した後、何回にもわたり被告の代表者や管理職等に対し、被告が家族を騙して原告を無理やり入院させたとする内容の手紙を、右事実が存しないのにもかかわらず郵送した(原告は、被告が家族を騙して原告を無理やり入院させたと主張するが、後記二で記載のとおり、右事実は認められない)。

原告は、平成七年一一月二九日の明番会において、従業員の有給休暇の取得方法と標準報酬日額についての質問に、被告の塚本部長が休暇の取得は前日の昼までに申し出ること、標準報酬日額については前向きに検討すると回答したことに対し、「運転手の生活がかかっているんだ、当たり前だろう、この野郎、俺は武道をやっているのだ」等と急に興奮して話し出した。また、原告は、同年一二月二八日の明番会において、運賃の認可条件となっており、他の乗務員が了承している身障者運賃割引制度に頑強に反対し、集会後、被告の塚本部長に対し、興奮して罵詈雑言を浴びせた。

(五)  原告は、平成八年二月八日、タクシーを運転中、赤に変わった信号を確認しないで前車に追従して交差点に進入して右折を開始したため、青で交差点に進入した左方からの直進車と接触して軽微な物損事故を起こしたものの、相手方の一方的過失によるものであると主張し、事故の分析、反省及び安全運転についての指導の席においても、被告の大野課長からの注意を受け入れず、「相手が悪い、自分で解決するから被告の委任状を出せ、微分積分を知っているか、微分積分を知らなければ、この事故はあんたらとは話にならない、ブタか犬を相手にしているようなもので、らちがあかない」等と述べた。また、原告は、同年二月二〇日、配車室にいた塚本部長及び大野課長に対し、「珍しい動物が居る、記念に撮っておく」等述べ、数枚の写真撮影を行った。

(六)  原告の平成八年一月ない二月初めころのタクシーでの勤務状況は一定時間連続して勤務を続けることが出来ないで状態であった。

3  被告の就業規則二八条は解雇基準について定め、その三号は「精神若しくは身体に障害があるか又は虚弱、老衰、疾病のため業務に堪えないと認めたとき」を挙げている(書証略)。そこで、本件解雇が右の場合に該当するか否かを判断するに、原告は躁状態等により平成六年一一月一二日から同年一二月二〇日までと同年一二月二二日から平成七年二月二八日まで入院していること、退院時には就労可能な状況であったものの更に治療が必要な状況であったところ平成七年四月一一日には通院をやめており、右段階で治療あるいは経過観察等が不要な状況になったとは認められないこと(書証略)、前記一2で認定した勤務を再開した後の原告の一連の言動及びタクシーでの勤務状況並びに弁論の全趣旨を考慮すると、本件解雇時において原告が被告就業規則二八条三号に該当する状況であったことは明らかであり、他にこれが解雇権の濫用であることを認めるに足りる証拠もない。

4  したがって、本件解雇は有効であり、本件解雇の無効確認を求める原告の請求は理由がない。

二  不法行為に基づく損害賠償請求について判断する。

1  原告は、被告が原告の妻に対して原告を精神病院へ連れて行くように申し向け、これにより原告が猿島厚生病院へ監禁されたと主張し、これが不法行為にあたると主張するところ(請求原因2(一)、5(一))、前記一2で認定のとおり、原告は平成六年一一月一二日当時躁状態で入院が必要な状況にあったのであるから、被告が原告の妻に対して原告を病院へ連れて行くように話したとしても何ら違法な点はなく、さらに被告が原告の妻あるいは猿島厚生病院の飯塚医師と共謀して原告を監禁するように仕向けたことを認めるに足りる証拠もないから、この点に関する原告の不法行為の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  原告は、平成六年一一月一二日から平成八年二月二〇日までの間に、被告が原告に対していやがらせと勤務の妨害を行ったと主張し、これが不法行為にあたると主張する(請求原因2(二)、(三)、5(一))。しかしながら、平成七年三月二一日ころに原告が被告に提出した誓約書については、これを被告が原告に強要して書かせたものと認めるに足りる証拠はなく、また、原告は、前記一2で認定の平成七年一二月二八日及び平成八年二月八日の件で乗務停止処分(被告就業規則六八条一一号、七号)を受けているものの、右認定事実に照らして適法なものと認められ(書証略)、何ら違法な点はなく、他に被告が原告に対していやがらせと勤務の妨害を行ったことを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する原告の不法行為の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

3  原告は、被告が原告を解雇した理由として精神病にり患していると事実に反した理由を挙げたことが不法行為にあたると主張する(請求原因4、5(一))ところ、前記一3で認定判断したとおり、事実に反することを理由としたものではないうえ、解雇通告書も原告自身に送付したものであり(書証略)、何ら違法な点はないから、この点に関する原告の不法行為の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

4  原告は、被告が違法に給与規則の改定を行ったことが不法行為にあたると主張する(請求原因3、5(二))ところ、給与規則の改定が違法であることを認めるに足りる証拠がないから、この点に関する原告の不法行為の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 片田信宏)

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